町田kkkk

可能性の奴隷

「そんな訳あるか」

Aはつい最近四年近く付き合っていた彼女と別れた。遠距離恋愛だった。一ヶ月ぶりに会って一ヶ月ぶりに一緒に食事をして、一ヶ月ぶりに抱き合って眠った、翌日の電話でそういう事になった。Aの彼女は少なくとも一年に一度は情緒不安定になり、本質がよく分からない理由で別れを切り出す。それは決まって冬と春の間の空気がきらきら光るような冬とも春とも言えない時期だった。その度彼は、愛してると何度も言い、そのよく分からない理由を自分を克服するから、と、彼女を嗜め、四年も付き合ってきた。四年じゃないかもね、もっと短い、きちんと付き合っていた時間を計算するなら、と彼は言う。今回もまたいつもと同じように生理みたいに一年に一度のそれがきて、でも今回はもう限界だった。彼も日々忙しいし、理由がよく分からないし、それに毎回彼女の情緒に気を使う事にうんざりしていた。重荷になっていた。これ以上彼女が駄目だと言うのならもうどうしようもないと思った。そこまで尽くす必要もないと思った。彼女に対する感情も四年という時間がもたらす家族や友人に抱く情と殆ど同等で、もはや恋愛感情ではなかった。だから彼は今回は「愛してるんだよ」とは言わずに、「さよなら」と言った。そう言って、去年彼女が「あまり電話代がかからないように」って彼に贈った彼女名義のsoftbankの携帯電話を切った。電話を切った直後は彼女に対する怒りで「せいせいするぜ」と言い放った。けれど時間が経つ度、四年という歳月が構成する思い出が彼の脳内を駆け巡り、悲しくなった。そしてベッドの中で泣いた。声を殺す事もできないまま嗚咽を漏らした。苦しかった。一面に広がる向日葵畑に白いワンピースで立っている彼女。夜景が綺麗な山で日が沈む前からベンチで腰掛け、二人で眩しいくらいの夕焼けを浴びた事。一緒に銀杏の葉で溢れかえる大学構内の並木通りを手を繋いで歩いた事。二人で映画を見に行った事。よく彼女のバイト先まで迎えに行き家まで送ってあげた事。初めて会った時の事。露天商の老人に夫婦に間違われた事。春の風の強い砂浜でくるくる回る彼女を携帯のムービーで撮影した事。彼女のために泣いた事。彼女の為に笑った事。彼女を誕生日を無理して豪華に祝った事。初めて会った時の初めての台詞。彼女の笑顔。好きだったんだなと思った。思ったら涙が止まらなくなった。好きだったな、本当に、と彼は何度も呟いた。だけど、どうしようもないよ。例え今なんとかなったところで、きっとまた同じ事を繰り返すだけだから。それが分かるからとてつもなく虚しくて悲しかった。彼女が求めているものは自分では無いと分かるから。どれだけ努力しても彼女が望むものにはなれないと確信していたから。考えればいつもどこかあべこべで取り繕っていて不自然だった。彼も彼女も。だからもうやめようと思う。思えば思うほど愛おしくてまた抱きしめたい衝動に駆られる。好きだよ、好きだったな、本当に。螺旋階段を急降下する感覚が離れない。眠れない。べとべとにこびりついた思い出が脳を侵食する。よく温泉旅行に行った事。プラネタリウムに行った事。彼女の料理が美味しかった事。初めて会ったときの笑顔。どうしようもなければ、これが恋愛感情なのかも分からなければ、何が正解かも思いつかない。情に流されているだけかもしれない。だけど四年だよと彼は言う。その後、でもまあ、たった四年か、と無理のある笑顔を作る。好きだったなと言う。好きだったな本当に。何度も繰り返す。愛してるんだよと時折喚く。一体なんだったのだろう。

僕には何もしてあげられず
なんて言えばいいか分からず
ただ煙草をふかす

冬と春の間の季節が大嫌いだ
「でもすぐに忘れられるよ」